トップ > 観光魅力・イベント > 文化財・歴史 > 展示会・イベント情報 > 令和8年度有馬記念館企画展「近代久留米の日本画」
更新日:2026年09月30日 16時59分
明治から昭和初期にかけて活躍した、久留米ゆかりの日本画家たちを紹介します。久留米藩御用絵師の三谷家を中心とする狩野派の画家たち。京都に出て四条派に学んだ後帰郷した吉村丹鳳(たんぽう)、久留米の南画界を牽引した近藤藍圃(らんぽ)など、彼らはさまざまな流派を学び、中には日本画研究団体を結成して切磋琢磨する者たちもいました。本展では、彼らの交流を軸に構成し、花鳥画、山水風景画、人物画など多彩な画技をご覧いただきます。
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第1章 久留米が生んだ日本画家たち
明治から昭和初期にかけての久留米では、多彩な日本画家たちが活躍しました。近世まで最大画閥として君臨した狩野派や、京都画壇における代表的な流派である四条派など、彼らは様々な流派を学び修練を重ね、その画才を磨きました。また、久留米出身の画家を中心として日本画研究団体「白蛇会」を結成するなど、切磋琢磨・後進育成に努めています。
ここでは、久留米南画界の先駆的存在であった近藤藍圃による山水画、吉村丹鳳による濃厚な色調の花鳥画、人物表現に長けた天野耕峰の作品など、近代の久留米において育まれた日本画の豊かな潮流の一部を紹介します。
(左)「野雉図」吉村丹鳳 (右)「武者と馬図」天野耕峰
久留米市教育委員会蔵
第2章 御用絵師三谷家とその周辺
御用絵師とは、江戸時代に幕府や諸藩の大名に仕えた絵師たちのことで、藩主の肖像画や城内の障壁画、贈答用の絵画制作など、多岐にわたる絵の仕事に携わっていました。久留米藩では、2代藩主有馬忠頼(1603~1655)によって召し抱えられた三谷家2代等悦(?~1675)以来、代々三谷家が御用絵師を務めました。彼らは江戸に出て狩野派に入門、修行後郷里に戻りその力量を発揮すると同時に、後進を育てる役割も担っていました。
ここでは、狩野派の絵師として、近世・近代における久留米の日本画界を牽引した三谷家の画技の一端を紹介するとともに、彼らに学んだ画家たちに焦点を当てます。
(左)「養老の滝図」三谷有信 (右)「虎図」野口友眞
久留米市教育委員会蔵
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