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104件目の市指定文化財に「小川区有中世文書」を指定しました

更新日:202203071107


久留米市に現存する数少ない中世戦国時代の貴重な古文書である小川区有中世文書19点および附「小川鏡御影覚附並大友家文書」1点を、平成29年2月13日、久留米市指定有形文化財(古文書)に指定しました。今回の指定で市指定文化財は計104件、古文書は18年ぶり6件目となります。

小川区有中世文書の概要

「小川区有中世文書」の一部

いずれの文書にも、本紙の右端に切封(封の方法の一つ。文書の袖を下から中ほどまで切断し、奥から畳んだ紙を結わえる)の痕跡が残っています。

大友義鑑知行預状(おおともよしあきちぎょうあずけじょう)

享禄(きょうろく)元(1528)年、大友義鑑から小河中務少輔(おがわなかつかさのしょう)に対して「鰺坂庄之内鯉壇三町(あじさかのしょうのうちこいのだんさんちょう)」の支配を認める文書です。義鑑は大友氏20代当主、「鯉壇」は江戸時代の恋段村、現在の久留米市宮ノ陣町若松辺りです。
大友義鑑知行預状(縦31.8センチメートル、横44.7センチメートル)

大友義鎮感状(おおともよししげかんじょう)

永禄(えいろく)2(1559)年、大友義鎮から小河六郎(おがわろくろう)に対し、侍嶋合戦(しとうかっせん)で父・小河鑑昌(あきまさ)が戦死した忠義を称え、その跡目の相続を認める文書です。義鎮(宗麟(そうりん))は大友氏21代当主、同年4年、大友軍は筑前侍嶋(現筑紫野市南部)で筑紫惟門(ちくしこれかど)勢と戦い多数の死者を出しました。
大友義鎮感状(縦27.2センチメートル、横43.6センチメートル)

大友宗麟朱印状(おおともそうりんしゅいんじょう)

小河中務少輔(おがわなかつかさのしょう)からの年賀に対する礼状です。天正3(1575)年から4年頃と考えられます。
大友宗麟朱印状(縦24.7センチメートル、横39.2センチメートル)

小川区有中世文書調査報告書

「小川区有中世文書(久留米市文化財調査報告書第385集)」が平成29年3月31日に刊行されました。「久留米市文化財調査報告書第385集小川区有中世文書」PDF版ページからダウンロードすることができます。

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