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第5回 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)報告書

更新日:202109290959


第5回 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)報告書について

気候変動に関する政府間パネル(IPCC;Intergovernmental Panel on Climate Change)は、2021年8月9日、最新の報告書を公表し、人間が地球温暖化を引き起こしたことを「疑う余地がない」と断定するとともに、世界の平均気温は産業革命前に比べてこれまでの予測よりも10年早い2021-2040年の間に世界の平均気温上昇が1.5度以上に達するとの新たな予測を提示しました。
すでに今年も国内外で異常気象が観測されていますが、報告書では、今後も全世界で熱波の増加、豪雨や干ばつなどの災害、海面上昇などの地形の変化が深刻化するとし、温度上昇を1.5度程度に抑えるには、二酸化炭素(CO2)の排出量実質ゼロを目指し、CO2を含む温室効果ガスの排出量削減を早急かつ広範囲に進めていかなければならないとしています。
2021年11月1日からイギリス・グラスゴーで開かれる予定の国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)の交渉にも大きな影響を与えるものであり、各国が覚悟をもって大胆な地球温暖化防止対策を急がなければならないと迫るものです。
今回は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)について、組織のあらましと、これまでの報告書が果たしてきた役割、及び今回の報告書の要旨等について概説します。

1 IPCCとは

気候変動に関する政府間パネル(以下、「IPCC」と略称します。)は、国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)により1988年に設立された国連の政府間機関です。2021年8月現在の参加国は195ヵ国、事務局はスイス・ジュネーブにあります。各国の政府から推薦された科学者が参加し、地球温暖化に関する科学的・技術的・社会経済的な評価を行い、報告書にまとめています。
IPCCの任務は、世界各国の研究者の参加のもと、人為起源による気候変動、影響、適応及び緩和方策に関する科学的・技術的・社会経済的な評価を行い、得られた知見を、政策決定者を始め広く一般に利用してもらう役割を担っていることです。
IPCCのユニークな点としては、科学者が協力して政策決定者に助言を行う仕組みを、恐らく史上初めて世界規模で実現したことです。
また、IPCCが作成する報告書は「政策的に中立でなければならず、政策を規定するものであってはならない」という原則も、IPCCを理解する上で重要です。IPCCは、気候変動に関する政策を検討する上で必要な情報を科学の立場から提示しますが、特定の政策を推奨することはしません。科学的な情報に基づいて、とるべき行動を決めていくのは、科学者ではなく政策決定者の役割だからです。
IPCCの報告書は、各国政府がドラフトのレビューを行い、最終的にIPCC総会においてのコンセンサスにより報告書を承認しています。
IPCCの組織は、最高決議機関である総会、3つの作業部会及び温室効果ガス目録に関するタスクフォースから構成されています。
 IPCCの構成
それぞれの任務は、以下の通りです。
第1作業部会(WG1)は、気候システム及び気候変動の自然科学的根拠についての評価を担当しています。たとえば、平均気温がこれまでどれくらい上昇し、今後どれくらい上昇すると予測されるか、あるいは海水面上昇についてはどうかなどについて科学的知見をまとめる役割です。
第2作業部会(WG2)は、気候変動に対する社会経済及び自然システムの脆弱性、気候変動がもたらす影響、並びに気候変動への適応のオプションについての評価を担当しています。たとえば、気候変動によって水資源や生態系はどのような影響を受けるか、健康被害や災害発生などによる経済的損失はどれくらいか、また、そのような影響・被害を抑えるためにどのような方策があるか、などについてまとめる役割です。
第3作業部会(WG3)は、温室効果ガスの排出削減など気候変動の緩和のオプションについての評価を担当しています。第2作業部会が気候変動による影響とそれへの対処方法を評価しているのに対して、第3作業部会は気候変動そのものを抑えるための方策について科学的に評価する役割です。
温室効果ガス目録に関するタスクフォース(TFI;Task Force on National Greenhouse Gas Inventories)は、温室効果ガスの国別排出目録作成手法の策定、普及および改定を担っています。たとえば、温室効果ガスの排出量・吸収量を世界中の国がなるべく正確に把握できるよう、標準的な算定方法を開発しそれを普及させる役割です。

2 IPCC報告書が果たしてきた役割

IPCCは、1990年に「第1次評価報告書」を公表して以降、1995年に「第2次評価報告書」、2001年に「第3次評価報告書」、2007年に「第4次評価報告書」、2013‐2014年に「第5次評価報告書」と、これまで5次にわたり、温暖化の予測、影響、対策などに関する評価報告書を公表しています。IPCC評価報告書は、三つの作業部会報告書と統合報告書から構成されています。
1990年に完成した第1次評価報告書は、人間の活動のため大気中の温室効果ガス濃度が上昇しており、それによって生態系や人類に重大な影響を及ぼす気候変化が生じるおそれがあることを確認しました。同報告書は、地球温暖化対策の必要性についての世界中の政策決定者による認識の共有を促し、1992年の「気候変動に関する国際連合枠組条約(国連気候変動枠組条約、UNFCCC)」の成立に大きく貢献しました。
1995年に発表された第2次評価報告書は、地球温暖化対策の緊急性・重要性を示唆する新たな科学的知見を示し、先進国に排出量削減目標を義務付ける京都議定書の合意(1997年)に影響を与えました。
2013年から2014年にかけて発表された第5次評価報告書は、21世紀末までには温室効果ガスの排出をほぼゼロ又はそれ以下にするという長期大幅な削減が必要であると指摘し、2015年のパリ協定の合意に大きな影響を与えました。
このように、IPCC評価報告書は、気候変動をめぐる国際交渉、とりわけ国連気候変動枠組条約の下で、政策上の議論に科学的な根拠を与えるという大きな役割を果たしてきており、世界の地球温暖化防止政策推進への強力な後押しとなってきました(表1参照)。その功績により、2007年にはノーベル平和賞を受賞しています。

科学的な知見(IPCC) 国際交渉(UNFCCC)
表1 IPCC報告書と気候変動をめぐる国際交渉の関係
1990年 第1次評価報告書 1992年 気候変動枠組条約成立、国連環境開発会議(地球サミット)で署名開始
1994年 気候変動枠組条約発効
1995年 第2次評価報告書 1997年 COP3、京都議定書採択
2001年 第3次評価報告書 2001年 COP7、マラケシュ合意
2007年 第4次評価報告書 2010年 COP16、カンクン合意
2013年~2014年 第5次評価報告書 2015年 COP21、2020年以降の枠組み、パリ協定採択

3 「第6次評価報告書」とそのポイント

第6次評価報告書の作成には、66ヵ国の200人の科学者が参加し、1万4千の論文を精査した結果を基に作成されています。今回公表されたのは、第6次評価報告書第1作業部会報告書で、これに続き、2022年9月までに、第2作業部会報告書(影響、適応及び脆弱性)、第3作業部会報告書(気候変動の緩和策)及び統合報告書が順次公表される予定で、今後の政策の基礎となる多くの重要な知見が示される見込みです。
今回の報告書は、「気候変動2021-自然科学的根拠-政策決定者向け要約」と題し、42ページにわたって数多くの数値データを体系的に記しています。

ポイント1 気候の現状
(1)人間の活動が温暖化に及ぼす影響について、今回の報告書では人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことは疑う余地がないとしています(表2参照)。報告書を重ねるたびに知見が増強されて、前回の第5次評価報告書では「可能性が極めて高い」(確率95%以上)とされましたが、今回は疑う余地がないと断定しました。

表2 人間の活動と温暖化の因果関係についての表現

第3次評価報告書(2001年)

過去50年の温暖化の大部分は温暖化ガスの濃度上昇が原因だった可能性が高い(確率66%以上)
第4次評価報告書(2007年) 温暖化のほとんどは人為起源の温暖化ガスの濃度上昇による可能性が非常に高い(確率90%以上)
第5次評価報告書(2013年) 温暖化の主な要因は人間の影響の可能性が極めて高い(確率95%以上)
第6次評価報告書第1作業部会報告書(2021年) 人間の影響が、大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない

(2)地球全体の気温は、産業革命以前(1850~1900年を基準とする)と比べて2011年~2020年の平均で1.09度上昇しており、陸地が1.59度、海域が0.88度上昇した。平均海面水位は、直近120年で0.2メートル上がったとの観測結果を示しています。大気、海洋、陸地面の最近の変化の規模と現在の状態は、何世紀も何千年もの間、前例がない。1970年から現在に至るまでの50年間の世界平均気温は、過去2000年間のどの50年の期間よりも例のない速度で上昇していると指摘しています。
(3)人間が引き起こした気候変動は、世界中の全ての地域で、多くの気象及び気候の極端現象に既に影響を及ぼしている。熱波、大雨、干ばつ、熱帯低気圧のような極端現象について、人間活動が原因となって起きているとする証拠が強化されたと指摘しています。

ポイント2 将来ありうる気候
(1)将来の世界平均気温について、社会経済活動や温室効果ガス排出量に合わせ、排出量が「非常に高い」、「高い」、「(2度上昇目標に合わせた) 低い」、「(1.5度上昇目標に合わせた)非常に低い」、及び「高いと低いの中間」という5つのシナリオに分けて詳細に分析しています。その結果、2021~2040年の世界平均気温は、化石燃料に頼った開発が今後も続く「非常に高い」シナリオでは、1.3~1.9度上がり、今世紀末には3.3~5.7度も上がってしまうとし、「非常に低いシナリオ」でも2021~2040年に1.2~1.7度上がり、今世紀末には1.0~1.8度上がると予測しています。これは各国が強い対策を進めても「1.5度」上昇してしまう可能性が50%を超えることを示しています。ただ「非常に低いシナリオ」では、2050年を過ぎると上昇は下降に転じ、今世紀末には1.4度上昇に戻るとしています。
(2)気温上昇に伴う地球温暖化の進行により、極端な高温、海洋熱波、大雨、干ばつの頻度と強度が増加するとともに、強い熱帯低気圧の割合も増し、北極域の海氷や積雪、永久凍土の減少などの危機的な状況を生じると予測しています。
気温が0.5度進行すると、熱波や大雨、農業や生態系の干ばつの頻度や強度が目に見えて増加し、1度上昇するごとに1日の降水量は約7%上がるとしています。10年に一度の豪雨も1.5度上昇では1850~1900年と比べて1.5倍、2度上昇では1.7倍増えるとしています。
海面上昇については、近年の海面水位の上昇率は1901~1971年に比べて3倍近く増えたと指摘し、どのシナリオでも今世紀末までに0.5~1メートル上昇し、極域の氷床の溶け具合などによっては2メートル上昇してしまう可能性も排除できない、としています。さらに、巨大台風などの異常気象と密接な関連がある海水温度についても、広範囲にわたる急速な(上昇)変化が起きていると指摘しています。

4 おわりに

今回の報告書は、世界で頻発している熱波や豪雨、干ばつといった気象の極端現象は人間の活動が影響していると断定し、詳細な分析結果を示して地球温暖化の進行とともに世界の被害は拡大すると繰り返し警告しています。これまでIPCCの評価報告書は5回出されていますが、今回の報告書は、気候システムの最近の変化規模は、何世紀も何千年もの間、前例のなかったものだとするなど「地球の危機」を強く訴え、2013年に公表された前回の報告書で指摘された「対策強化の緊急性」より強く排出削減など対策強化を迫る内容となっています。
「地球の危機」を指摘する具体的な根拠を示されると地球の未来に暗澹たる気持ちになりますが、報告書では2050年ごろまでに温室効果ガス排出を実質ゼロ、つまり世界が脱炭素社会になれば気温上昇は一時1.5度を超えても今世紀末には1.5度以下になる可能性も示されています。
地球温暖化対策の国際枠組みのパリ協定の「1.5度目標」を達成するためには2050年までに世界の温室効果ガス排出量を実質ゼロにしなければなりません。2030年には2010年比で45%削減する必要があるとされています。パリ協定は削減目標を5年ごとに見直し、目標を更新することを求めていて、初回の見直し期限は2023年に迫っています。現在の各国目標削減量を足しても今世紀末には3度以上上昇してしまうとの試算があり、このため国連は各国に削減目標の大幅上積みを要求しています。そのためには国を問わず、これまでにない強く、大胆な対策を進めるほかに道はありません。欧州各国は削減目標を相次いで更新しています。日本も2020年10月に菅首相が温室効果ガス排出量を2050年までに実質ゼロにする目標を表明。2021年4月に開催された「気候変動サミット」では2030年度の温室効果ガス排出量を2013年度から46%削減することを目指し、さらに50%の高みに向けて挑戦を続けてまいると表明しました。これは、脱炭素社会を目指す世界に歩調を合わせた目標です。
小泉環境大臣は、今回の報告書が発表されたことを受け、「今回報告された重要な科学的知見を踏まえ、世界の国々と共に野心を高め、パリ協定の着実な実施に繋がるCOP26になるよう、日本の環境外交力を発揮してまいります。私も、既に影響が現れている気候危機に対し、気温上昇を1.5度に抑制するために、まずは2030年に向けて、カーボンプライシングをはじめとする幅広いポリシーミックスを検討し、地球温暖化対策計画の策定と計画を実現するための大胆な政策強化に全力を尽くさなければならないとの想いを新たにしました。そして、対策が成功すれば災害は減らせるという希望が示されたことを国民のみなさんと共有し、ともに気候変動政策を前進させ、次世代への希望に繋げる決意です。」との談話を発表しました。
また、グテーレス国連事務総長は「報告書は人類への警鐘だ。しかし、今私たちが力を結集すれば気候変動による破局を回避できる。対応を遅らせたり、言い訳をしたりしている余裕はない」などとする声明を出しています。COP26開催国のイギリスのジョンソン首相は「この先10年が地球の未来を守る上で極めて重要であることは明らかだ」などとコメントし、アメリカのブリンケン国務長官は「報告書は人類により気候は急激に変化し、地球が大きく変わっていることを強く伝えている」などとする声明を出すなど、多くの欧米の指導者や環境団体関係者が、強い排出削減対策が喫緊の重要課題であることを強調しています。

【参考】環境省-気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書第I作業部会報告書(自然科学的根拠)の公表についてこのリンクは別ウィンドウで開きます

藤田 八暉
久留米市環境審議会会長
久留米大学名誉教授

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