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愛と平和の祭典ピースフルくるめ2021

更新日:202107010000


久留米市は、昭和59(1984)年に核兵器廃絶平和都市を宣言しました。
戦後75年余りが経過する中で、かつて体験した核兵器の恐怖や悲惨な戦争の苦痛や悔恨を決して風化させることのないように、ピースフルくるめ推進協議会では毎年「くるめ愛と平和の祭典・ピースフルくるめ」と銘打ち、行政及び市民が自主的に取り組む平和啓発イベントを取りまとめています。皆さまのご参加をお待ちしております。

ピースフルくるめロゴマーク ピースフルくるめ推進協議会
事務局:久留米市役所総務部総務課内
電話番号:0942-30-9052 FAX番号:0942-30-9706

イベントのお知らせ

7月から8月にかけて戦争や平和について考えるイベントの開催(入場無料)や絵画コンテストの作品募集を行います。

行政主体事業

市民主体事業

ピースフルくるめ推進協議会主催事業

作品画像【最優秀賞】 【最優秀賞】牟田山中学校1年 松葉口 加奈さん
【作品に込めた平和への思い】
木の中には、世界の国旗を描き、手は世界の国々が協力する願いを込めました。また、上に向かっているようなものは折り鶴です。平和になってほしいという願いを込め描きました。下の星みたいなものは、自分が思う願いを閉じ込めず、未来は「平和なまち」なってほしいという思いで描きました。

作品画像【優秀賞】1作品目 【優秀賞】荒木小学校5年 曽我部 結菜さん
【作品に込めた平和への思い】
どこの国でも地球を支えてみんなが仲間として戦争をせずに助け合うような平和になってほしいと思い、平和の象徴であるハトを描きました。

作品画像【優秀賞】2作品目 【優秀賞】竹野小学校4年 田中 のどかさん
【作品に込めた平和への思い】
いじめ、仲間はずれ、差別などがない世の中になってほしいという願いを込めて描きました。障がいのある人も仲良くしたいという思いもこめて描きました。

戦争を語り継ぐ(動画配信)

戦争体験証言と記録映像 戦争を語り継ぐ

終戦が間近に迫った昭和20年8月11日(土曜日)、沖縄の読谷飛行場を飛び立った第一波28機と第二波25機、合計53機のB24爆撃機が、南西方向から久留米市街地上空に侵入してきました。10時16分、荘島小学校前交差点付近を目標に焼夷弾を投下開始しました。この焼夷弾は爆裂する特徴を持ち、初期消火を妨害して激しくもえあがりました。
その10分後、第二波がE46集束焼夷弾を投下しました。これは油脂焼夷弾で、着弾すると周辺に油脂を撒き散らし、木造家屋が建ち並ぶ市街地で大火災を巻き起こしました。
死者 214 人 、収容中死亡者 16 人、重軽症者 160 人という大変な犠牲者を出し、市街地の西半部が焼失しました。

  1. 父は帰ってこなかった 証言者:姉川美智子さん
    • あらすじ
      六ツ門町に父母と弟で住んでいた美智子さんは、空襲警報とともに、近所の空き地にあった共同防空壕へ避難します。
      次々に投下される焼夷弾と渦巻き立ち昇る炎と煙。防空壕に延焼しないように皆で決死の放水活動をします。しかし、火の気が治まっても、金丸校の国民義勇隊の会合に出かけた父は帰ってきませんでした。
      知人の通報で駆けつけた陸軍病院で、父は全身を包帯でぐるぐる巻きにされていました。やがて息を引き取った父を大八車で火葬場に運びました。火葬場には、多くの犠牲者の遺体が折り重ねられています。血の海が広がり、強い臭気があたりに漂っていました。
  2. まるで地獄絵のよう 証言者:坂井幸子さん
    • あらすじ
      学徒動員中に鳴り響いた空襲警報のため、中央町の自宅に帰された幸子さんは、急いで 防空壕に飛び込みます。同時に爆音が聞こえ、大雨の降るようなザーッという音とともに焼夷弾が落ちてきました。
      ここは危ないという父の言葉で、母と炎の中を必死に逃げました。前を走っている人たちは、皆裸足。道には焼夷弾がぬかりこみ、火の海と泣き叫ぶ声の中を、全身焼け爛れた人たちが担架で次々と運ばれて行きます。
      数時間後、帰り道に広がる街の光景は一変、家は全部焼け落ち、残っているのは旭屋デパートと銀行のみ。人々は呆然と立ち尽くしているだけでした。

荒木空襲カラー映像(米軍撮影)

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