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常設展示

更新日:201808290927


常設展示のご案内

久留米市埋蔵文化財センターでは、これまでの久留米市内の発掘調査で出土した土器や石器などの遺物のなかから、代表的なものを展示しています。旧石器時代から昭和まで、時代を追う構成となっており、実物の考古資料から、久留米の歴史の大筋を理解することができます。

土器や石器、青銅器などがならぶ常設展示の様子

主な展示品

柄が付いたまま出土した磨製石斧(縄文時代・正福寺遺跡)

久留米市国分町は高良山の伏流水による湧き水に恵まれた台地上にあります。その国分町では、県道建設に伴う正福寺遺跡(しょうふくじいせき)の発掘調査によって縄文時代後期(約3000年前)の植物性の編みかごや大量のドングリ、柄が付いた石斧などが出土しています。調査地は、縄文時代には小川が流れていたようで、小川の底にたくさんの穴を掘って、網かごに入れたドングリを保存してたようです。柄が付いた縄文時代の石斧は、全国でもこの一例のみであり、非常に貴重な資料です。

木製の柄が付いた磨製石斧

人物埴輪や皮袋形土器(古墳時代・御塚権現塚古墳)

今から約1600年前の古墳時代、久留米では水沼君(みぬまのきみ)という豪族が力を持っていました。水沼君は、筑後川と広川が合流する現在の大善寺町に基盤を持ち、中国大陸や朝鮮半島、玄界灘地域との交流をもっていました。水沼君の墓所とされる権現塚古墳から出土した人物埴輪の頭部や、御塚・権現塚から出土したと伝わる皮袋形土器(わかぶくろがたどき)などを展示しています。

埴輪や土器、装飾品などがならぶ古墳時代の展示

九九式二十粍機関銃(きゅうきゅうしきにじゅうみりきかんじゅう)(近代・筑後国府跡)

この機銃は豊川海軍工廠でつくられた零戦の機銃であり、平成19年の合川町筑後国府跡の発掘調査の際に出土しました。銃口からまっすぐ土中に突き刺さった状態で発見されており、墜落した航空機に取り付けられていたものとみられます。昭和19年5~6月頃、大刀洗飛行場から飛び立った零戦が久留米市上空でほかの航空機と接触し墜落したことが、地元住民の方々への聞き取りでわかっています。

市内で墜落した零戦の機銃

展示会概要

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